大人の町から若者の町へと変貌している銀座・有楽町界隈について
銀座というと、高級百貨店、老舗のブランド、高級ナイトクラブと言った「大人の町」というイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか。一昔前、フランク永井の「有楽町で遭いましょう」という歌がありましたね。低音から聞かれる地名などから、有楽町、銀座は大人の町という感じでしたね。
銀座のシンボリック的な建物は、現在もありますが、銀座四丁目の「銀座三越」、「銀座松屋」、「和光」などになります。これらの建物は現在もありますが、銀座・有楽町界隈は、ここ20年くらいの間に、今までの高級感を残しつつ、少しずつではありますが、その町並みが変わり、現在では、大人も若者も楽しめる街区と変遷していきました。そのさきがけは、有楽町前の旧朝日新聞本社ビルの移転と日劇の取り壊しです。
その跡地には、「マリオンタワー」ができまして、「阪急百貨店」と「西武百貨店」が入りました。また、有楽町の数寄屋橋交差点の近くには、若い女性のファションの品物を扱う「プランタン銀座」が進出しまして、次第に若者も集うようになりました。
銀座には、グッチなどの高級専門店も進出する一方で、H&Mやユニクロも店舗を出しました。かたや有楽町の北側では「そごう」が閉店し、「ヨドバシカメラ」が出店しました。時代の流れは止められないもので、マリオンタワーの阪急は「メンズ専門店」に、西武百貨店は撤退し、「ルミネ」が出店しました。また、有楽町駅前は再開発されまして、マルイが若者向けのファションビルを建てまして、レストラン街も充実しました。
これらに対抗すべく、三越や松屋も相次いでリニューアルしました。これらの街区の変遷によりまして、従来の「大人の町」というイメージから「大人も若者も楽しめる町」へと姿を変えてきました。これらの商業施設とは別に、この間に、東京都庁も現在の西新宿の高層ビル群へと移転していきました。
祭日には、銀座四丁目通りは「歩行者天国」となりまして、天気の良い日は大勢の人達でにぎわっています。若者が増えたと言っても、老舗の店舗も継承されています。日本工芸の「東京鳩居堂」、長崎から進出した「銀座文明堂」、京都創業の「萬年堂」、生地から仕立ての「英国屋」、装飾の「ミキモト本店」などは、現在も変わらず営業しています。
銀座・有楽町界隈は高級品も、手軽な若者のファションも揃う町ですね。